はじめに
『BLUE VELVET/ブルー・ベルベット』は、1986年に製作されたデヴィッド・リンチの代表作の一つであり、彼の新たな作家性を確立した作品になります。
前作の『デューン/砂の惑星』での失敗から打ちひしがれたリンチですが、その2年後にこの名作を作り上げることになります。
本記事では、カルト的な人気を誇り、現在でも多くの議論を呼ぶ作品である『ブルー・ベルベット』を深掘りしていきます。
製作の経緯
『エレファント・マン』(1980年)の成功後、『DUNE/砂の惑星』(1984年)での苦い経験を経て、スタジオの干渉を受けず、再び自身のビジョンを追求できる作品を求め制作されました。
前回の『DUNE/砂の惑星』と同じプロデューサーの、ディノ・デ・ラウレンティスが製作を支援しました。
『DUNE/砂の惑星』とは打って変わっての低予算でしたが、今回は完全にリンチに制作のコントロール権がありました。
物語の概要
物語は、ボビー・ヴィントンの『ブルー・ベルベット』(映画タイトルと同じ)が流れる中、田舎の鮮やかなコントラストが眩しい風景から始まります。
地元に帰省していた主人公の大学生ジェフリー(カイル・マクラクラン)は、空き地の茂みで、切断された耳を発見し、事件の謎を追うことに。
無垢な青年が、世界の裏側に踏み込み、闇を体験していくストーリー。
作品のテーマ
この作品のテーマになっているのは、純粋性と混沌の対比だったり、闇の世界から愛の世界への変容を表していると思います。
アメリカの表と裏
一見すると平和で美しい田舎町だが、しかしその裏には暴力や狂気が渦巻くという表裏を描いている。
それはどこか、アメリカの国の内情を暗に仄めかしているかのよう。
善と悪の二元性
純粋な青年ジェフリーは、好奇心に従い行動し新たな世界を垣間見る。
純粋な欲に呑まれつつも、闇の存在と闘う勇敢さも持ち合わせている。
サンディーの印象的なセリフで『暗黒の時代が続いていた世界に、何千というコマドリが放たれ、その愛の力だけが闇の世界を変えるの。』というセリフがあります。
これは、キリスト教の伝説にも通ずるものがあるように思います。
コマドリとキリスト教
ヨーロッパコマドリは、キリスト教の図像によく描かれ、イエス・キリストの受難や信仰の継続、神と救い主への愛などを象徴しています。
エロティシズムと暴力
フランク・ブースの異常な性癖と暴力(ガスマスク・薬物・性的支配)と、ドロシーの快楽と現実との葛藤を描く。
純粋な好奇心を持つジェフリーだが、エロティシズムの快楽へ陶酔すると同時に自分の中にある一面に葛藤する。
夢と現実の交錯
まるで、不条理な夢の世界に入っていくようなメタファー。
リンチの映画の定番と言っていい、『夢』の描写も多く、その夢が現実世界に意味を持たせている。
映像と音楽の特徴
色彩と照明
「赤」「青」の印象的なコントラスト(危険と幻想の象徴)が美しさを演出しています。
白昼の穏やかな風景と、夜の恐ろしい闇のギャップを描いています。
音楽の使い方
ロイ・オービソンの「In Dreams」や、ボビー・ヴィントンの「Blue Velvet」が象徴的に使われています。
この作品から、アンジェロ・バダラメンティとリンチとのタッグが始まりました。バダラメンティが描く音は、まるで50年代の映画のような雰囲気を携えながら、不穏な夢の世界へ誘うような音楽や、反対にとてつもなく平和に溢れたサウンドトラックを制作しました。
カメラワーク
冒頭に出てくる芝生の中の虫が蠢く描写は、普段は人が見えていない場所に誘うというメタファーになっています。
クローズアップやスローモーションによる不穏な空気の演出なども印象的。
俳優陣の演技とキャラクター
カイル・マクラクラン(ジェフリー)
「純粋さ」と「好奇心」を兼ね備えた主人公ですが、リンチの分身的キャラクターとも言えると思います。
イザベラ・ロッセリーニ(ドロシー)
「悲劇的なヒロイン」でありながら快楽を求める「誘惑的な女性」でもある。
身も心もさらけ出す演技が評価されました。
デニス・ホッパー(フランク・ブース)
映画史に残る狂気のヴィランを演じた。
「ファック!」を連発しながら、ガスマスクを吸って暴れる異常性は印象的に残ります。
ローラ・ダーン(サンディ)
ジェフリーの「現実世界の恋人」であり、純粋さの象徴のような存在。
ジェフリーは、サンディーの純粋な愛と、別世界にいるドロシーとの間で彷徨っている。
公開当時の評価と影響
賛否両論の評価
公開当時は、作品の性的描写や暴力描写などに嫌悪感を抱く人が多かったそうです。
これほどに挑戦的な作品にもかかわらず、アカデミー賞監督賞ノミネートされました。
興味深いエピソード
フランク役として出演した、デニス・ホッパーですが、当時は薬物とアルコールの治療後だったこともあり、キャスティング・ディレクターからは渋がられますが、リンチはどうしても出演してほしかったそう。
そんな中、ホッパーが電話してきて、『この役はオレが演じねばならん。オレがフランクだ。』と言ってきた。
身震いするほど怖かったそうだ。
ジェフリーはリンチ自身?
リンチは、アメリカの田舎ボイジーで煌びやかな少年時代をすごし、その後19歳でフィラデルフィアに移住してアートスクールに入学しました。
当時のフィラデルフィアは混沌としていて、とてもダークな環境だったと語っています。
家に強盗が入って来たことも何度かあったとか。。。
それは、田舎で育った青年が大人に差し掛かる段階で、世の中のダークな面に入っていくところが、主人公ジェフリーと重なって見えます。
考察してみる
この映画でリンチが伝えたかったことは何なのでしょうか。もしかしたら、そんなものは無いのかもしれませんが、私の考えを共有したいと思います。
リンチは、早い時期にスピリチュアルな体験をしたと語っていますが、その知識も幅広いです。
ある対談動画で、古代インド哲学の宇宙論にある期間であるとされる【カリ・ユガ】について語っています。
古代インド哲学の宇宙論では、4つの時代が繰り返されていると言われていて、【カリ・ユガ】はその4つの時代の最後の闇の時代とされています。
この『ブルー・ベルベット』のストーリーも、暗黒の時代からひとつの愛の力によって平和な時代が始まるような印象を受けます。
▼参考動画
まとめ
『ブルー・ベルベット』は、デヴィッド・リンチの世界観を決定づけた名作であると言えますし、その後の『ツイン・ピークス』にも繋がるようなストーリーでした。
リンチの作品に通ずる『夢』や、普遍的な二元性も兼ね備えた作品です。
是非、みなさんの感想も教えてくださいね。